九州大学大学院 病態機能内科学(第二内科)

医局沿革

沿革

1903(明治36)年4月、東京大学、京都大学についで3番目の帝国医科大学として京都帝国大学福岡医科大学が福岡市に設置された。これが九州大学医学部の創立である。設置当初は内科学、外科学、眼科学、解剖学の4講座で始まり、内科学は1講座であった。
1905(明治38)年1月、内科学講座は2講座に改められ、同年11月、東京帝国大学第三内科青山門下の中金一が第二講座(第二内科)の初代教授に就任した。
神経病理学に造詣が深く特に脊髄を専門としたが、脳卒中を発症し1909(明治42)年12月に辞任した。そのために内科学第三講座の助教授であった武谷廣が翌1910(明治43)年1月に第2代教授となり、1935(昭和10)年6月までの26年間にわたり教室を主宰した。武谷教授は臨床を大切にして臨床上重要な問題に関しては詳細な臨床観察と的確な動物実験をもって研究を進めることを旨とし、“臨床の二内科”としての基礎を築いた。

1935(昭和10)年10月、助教授楠五郎雄が武谷教授のあとを継いで第3代教授に就任した。
楠教授も武谷教授と同様の方針で門下生の指導にあたり、研究面においては教室の伝統である神経疾患をはじめ呼吸器系、消化器系および内分泌系疾患の研究に力をそそぎ、1956(昭和31)年8月に退官するまで21年間、教室の発展に貢献した。

同年12月、楠教授のあとを継いで当時熊本大学教授であった勝木司馬之助が第4代教授に就任した。
勝木教授は教室の伝統である神経学発展のために当時東京大学第三内科助手であった黒岩義五郎を助教授に迎え、1963(昭和38)4月に本邦における脳神経病研究施設の最初の独立した神経内科部門が九大医学部に設置され、その初代教授に黒岩助教授が就任した。
また、1961(昭和36)年から後述の久山町研究を開始するとともに、1963(昭和38)年11月の三井三池炭鉱の爆発事故による大量の一酸化炭素中毒や1968(昭和43)年に発生した油症に対して、実態調査や病因解明などに尽力するなど社会問題にも多いに貢献し、1971(昭和46)年3月定年退官した。

同年5月、講師尾前照雄がその後を継いで第5代教授に就任した。
“臨床医学の基礎は内科である”との考えから、教室の伝統である臨床に立脚した医学研究および教室員と学生の指導教育にあたるとともに、附属病院長、各種評議員などとして大学の運営にも参画した。また、1983(昭和58)年4月には九州大学医学部附属病院の中央診療施設の1つとして、腎疾患治療部の新設に関わった。同年9月には強い要請を受けて国立循環器病センター(現国立循環器病研究センター)病院長を兼任し、1984(昭和59)年4月からは任期6年を残して教授を辞し、国立循環器病センター病院長専任となった。

同年7月助教授藤島正敏が第6代教授に就任した。
臨床を大切にする教室の伝統は基本的に変わらず、専門家であると同時にすぐれた内科医であることを基本理念とした。国内外の学会活動を精力的に行い、1998(平成10)年10月から日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン2000年版の作成委員長として、わが国最初の高血圧治療ガイドラインの作成を行い、2000(平成12)年3月定年退官した。なお、九州大学の大学院大学化に伴い、1999(平成11)年度より研究組織としての第二内科は病態機能内科学と呼称されるようになった。

2001(平成13)年6月川崎医科大学内科教授の飯田三雄が第7代教授に就任した。
国民の医療向上に役立ち、かつオリジナリティに富んだ臨床的および基礎的研究を行うことを研究の目的として掲げ、病態機能内科学の体制作りを行った。特に久山町研究を核として各研究室と共同で疾患感受性遺伝子の探索を行い、ゲノムワイド関連解析によって脳梗塞や潰瘍性大腸炎の新規感受性遺伝子を発見するなど第二内科の研究を新しい分野に発展させ、2010(平成12)年3月に定年退官した。
なお、2006(平成18)年4月の新病棟への移転に伴い、内科系診療科の臓器別再編成が行われ、第一・第二・第三内科は6つの診療科に分かれ、第二内科は主として消化管内科と腎・高血圧・脳血管内科の診療を担当することとなった。

2011(平成23)年4月に講師北園孝成が飯田教授のあとを継いで第8代教授に就任し、現在に至っている。第二内科同門の会員数は、2017(平成29)年5月現在1,945名(うち物故者868名)に達している。

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